契約・リスク管理2026-08-11監修:山根一城(株式会社ポテンシャライト)

顧問の損害賠償リスクと保険——業務委託で個人が負う責任の実務

この記事の要点

「顧問って、何か失敗したら訴えられるんですか?」——契約前の面談で、この質問を何度も受けてきました。

結論から言うと、体感値としては極めて稀です。ただし、ゼロではありません。顧問は法人ではなく個人として業務委託契約を結ぶことが多く、会社員時代とは異なり、自分自身が請求の相手になる立場に変わります。この記事では、顧問が実際に負っているリスクの輪郭と、契約書での責任限定、保険加入の判断基準、そして実際にトラブルの気配を感じたときの初動を、実務目線で整理します。

0. 結論(先に伝えます)

顧問の損害賠償リスクは、過度に怖がる必要はないものの、無視してよいものでもありません。僕の体感では、実際に請求まで発展するケースは契約全体の数パーセント以下だと感じています。単発の助言契約より、機密情報を扱う継続的な常駐型の顧問契約のほうがトラブルの芽が多いという印象もあります。ただ、起きたときの一件あたりの金額は小さくないため、「起きる確率は低いが、起きたときの損失は大きい」というリスクの性質を正しく理解し、契約書と保険という二つの手当てをしておくことが実務的な対応になります。

1. 顧問が負う法的リスクの実像——業務委託は「成果物への責任」を負う

会社員として働いていたときは、業務上のミスの責任は基本的に会社が負っていました。個人であっても、故意や重大な過失がなければ、責任を個人に問われる場面はそう多くありません。ところが、業務委託契約で顧問になると、この構造が変わります。民法上、業務委託には「善管注意義務」——専門家として通常期待される注意を払う義務——が課されます。この義務に違反し、かつ相手に損害が生じたと認められた場合、個人であっても損害賠償責任を負う可能性があります。会社員時代の「責任は会社」という前提と、個人事業主としての「責任は自分」という前提の違いを、契約を結ぶ最初の面談で必ず一度言葉にしておくべきだと僕は考えています。

ここで大事なのは、「ミスをしたら即・請求される」わけではないという点です。多くの契約トラブルは、実際には請求に至る前に、双方の話し合いや契約見直しで収束します。僕がこれまで見聞きした範囲でも、いきなり訴訟に発展したケースはほとんどなく、まずは「契約を切る」「顧問料の一部を返す」といった穏当な対応で終わることが大半でした。とはいえ、情報漏洩や著作権侵害のように、相手企業の損失が大きく明確な場合は、話し合いだけでは済まないこともあります。

2. 実際にどんなケースで請求リスクが生じるか——僕が見聞きした3パターン

2-1. 情報漏洩

顧問先の非公開情報(人事情報、取引先リスト、開発中の製品情報など)を、別の顧問先や外部に不注意で共有してしまうケースです。複数社契約が当たり前の顧問業では、資料の使い回しやメールの誤送信で起きやすいリスクだと僕は感じています。実際に僕が相談を受けた案件では、A社向けの経営会議資料をテンプレートとしてB社向けに使い回し、A社の売上構成比が消し忘れの1シートに残っていたというケースがありました。幸い先方が気づき、データ削除の確認だけで済みましたが、これが取引先名や単価情報だった場合は話が変わっていたはずです。秘密保持契約(NDA)に違反した場合、実際の損害額にかかわらず契約書上の違約金条項が適用されることもあるため、資料の取り扱いは会社員時代以上に神経質になる必要があります。

2-2. 助言ミスによる損失

採用顧問としての人員計画の助言が的外れで採用コストが膨らんだ、DX顧問としてのシステム選定の助言が実態に合わず導入コストが無駄になった、といったケースです。ただし、「助言が結果的に外れた」というだけでは、法的な責任にはまずつながりません。責任が問われるのは、専門家として通常払うべき注意を著しく欠いていた場合に限られます。この線引きを理解していないと、必要以上に萎縮してしまい、顧問としての助言そのものが薄くなってしまいます。僕の体感では、助言ミスを理由に実際の請求まで進んだケースより、「話が違う」という不満から契約が更新されずに終わるケースのほうが圧倒的に多いです。口頭での助言よりも、議事録や報告書に残した助言のほうが、後から「言った・言わない」の争いになりにくいという実務上の利点もあります。

2-3. 著作権・契約違反

過去の顧問先で作成した資料テンプレートや分析フレームを、別の顧問先でそのまま使い回してしまうケースです。前職や前の顧問先との契約で「作成物の著作権は委託者に帰属する」と定められている場合、意図せず契約違反や著作権侵害になっている可能性があります。僕自身、複数社を掛け持ちする顧問ほど、この点の管理が甘くなりがちだと感じています。テンプレートを使い回す前に、「この骨子は誰の著作物か」を一度立ち止まって確認する癖をつけるだけで、この種のリスクはかなり減らせます。

3. 契約書で責任を限定する——損害賠償条項の書き方と上限設定の実務

リスクをゼロにすることはできませんが、契約書の一条項で「上限」を設けることは可能です。実務上よく使われるのが、損害賠償額の上限を「直近〇か月分の顧問料」と定める方式です。僕の体感値で言うと、月額顧問料の3〜6か月分程度に上限を設定する契約が一つの目安になっています。上限がまったく定められていない、あるいは「損害の全額を賠償する」とだけ書かれている契約書には、個人の立場としてはサインしないというのが最低限のラインだと考えています。

あわせて、故意または重大な過失がある場合はこの上限を適用しない、という「除外規定」がセットになっているのが一般的です。これは委託企業側にとっても納得しやすい設計で、交渉の際に「上限を設けたいが、重大な過失の場合は別」と伝えれば、多くの企業は合理的な提案として受け止めてくれます。逆に、この除外規定自体を「不要だから外してほしい」と申し出るのは避けたほうがいいというのが僕の考えです。重大な過失まで免責にしようとする姿勢は、先方に不必要な警戒感を与えかねません。月額顧問料が15万円の契約であれば、上限は45万〜90万円程度、月額40万円の契約であれば120万〜240万円程度が一つの目安として交渉のスタートラインになります。

4. 保険に入るべきかの判断基準——PL保険・所得補償・フリーランス協会の制度

内閣官房が2020年に公表した「フリーランス実態調査」では、フリーランスとして働く人のうち何らかの取引トラブルを経験したことがあると答えた割合が4割程度に上ると報告されています(出典:内閣官房「フリーランス実態調査」)。この数字は業種を問わない全体の傾向ですが、顧問業も個人として業務委託契約を結ぶ点で同じ土台に立っています。保険は、こうした「起きてから対応する」コストを事前に薄くする手段です。

保険種類主な対象月額目安向いている顧問タイプ
業務委託版PL保険助言・成果物に起因する損害賠償3,000〜8,000円程度DX・採用・海外展開など助言型の顧問
サイバー保険情報漏洩・データ流出2,000〜6,000円程度複数社の機密情報を扱う顧問
所得補償保険病気・けがによる稼働不能3,000〜10,000円程度単独契約社数が少なく収入の柱が細い顧問

フリーランス協会が運営する「フリーランス総合保障制度」のように、これらをパッケージ化した商品も複数存在します。判断基準はシンプルで、「契約金額が大きいか」「機密情報を扱う頻度が高いか」「同時契約社数が多いか」の3点が高いほど、保険加入を検討する価値が上がります。逆に、単発・小規模の契約が中心であれば、契約書の責任限定条項だけで十分というケースも僕は多く見てきました。3社を月額10万円程度で受けている顧問と、1社を月額50万円で受けている顧問とでは、後者のほうが保険を検討する優先度は明確に高いと僕は考えています。年間の保険料が3〜10万円程度であることを踏まえると、月額顧問料1〜2か月分に相当する年間コストで、上限を超える請求リスクの一部をカバーできる計算になります。

5. それでも起きたときの初動対応——タイムラインとよくある失敗

5-1. 気配を感じてからの3日間

実際にトラブルの気配を感じたときの初動は、次の3段階が実務的だと僕は考えています。1日目、事実関係を自分の言葉で時系列に整理すること。感情的な言い分ではなく、いつ・何を・どう対応したかを書き出すだけで、後の話し合いが冷静になります。2日目、契約書の該当条項(秘密保持・損害賠償・解約)を読み直し、自分の責任範囲を確認すること。3日目、保険に入っている場合はすぐに保険会社の相談窓口に連絡し、加入していない場合は早い段階で弁護士に相談することです。フリーランス協会の会員であれば、弁護士費用保険が付帯している制度もあり、初期相談のハードルを下げてくれます。この3日間を自己判断だけで抱え込まないことが、結果的に一番の防御になると僕は感じています。

5-2. よくある失敗——「自分で丸く収めようとする」

僕が見てきた中で一番多い失敗は、契約書も保険も確認せず、顧問先に対して自分の判断で「顧問料を返金します」「無償で追加対応します」と申し出てしまうケースです。誠意としては理解できますが、これをやると、後から保険を申請しようとしても「本人が既に責任を認めて対応済み」とみなされ、保険会社の補償対象から外れることがあります。トラブルの気配を感じた時点では、まず事実整理と相談を先に行い、独断で解決策を提示しないことが、実務上は正しい順番です。

5-3. 保険に入らない選択をする場合の備え

契約規模が小さく、保険加入までは踏み切れないという顧問も少なくありません。その場合でも、月額顧問料の3〜6か月分に相当する金額を、事業用の予備資金として別口座に確保しておくことをお勧めしています。これは契約書の責任限定条項で定めた上限額とほぼ同じ規模になるため、実際に請求が発生したときの資金繰りの不安をかなり減らせます。保険料を払うか、自分で備えるか——どちらを選ぶにせよ、「上限額に相当する現金の当てがあるか」を一度確認しておくことが、実務上の最低ラインだと僕は考えています。

(結論)

顧問の損害賠償リスクは、確率としては低いものの、起きたときの重さは軽くありません。契約書での責任限定と、必要に応じた保険加入という二つの手当てをしておけば、過度に萎縮せずに顧問としての助言に集中できると僕は考えています。皆さんいかがでしたでしょうか。では今日もがんばりましょう。

よくある質問

Q. 顧問が損害賠償請求をされる可能性はどのくらいありますか?

体感値としては極めて稀ですが、ゼロではありません。特に情報漏洩や著作権侵害が絡む案件は請求リスクが上がる傾向にあります。契約書の責任限定条項と保険を組み合わせてリスクを下げるのが実務的な対応です。

Q. 顧問向けの保険にはどんな種類がありますか?

主に業務委託版のPL保険(生産物責任保険に相当するもの)、サイバー保険、所得補償保険の3種類があります。フリーランス協会の「フリーランス総合保障制度」のようにパッケージ化された商品もあり、月額数千円から加入できます。

Q. 契約書の損害賠償条項はどう決めればいいですか?

上限額を月額顧問料の3〜6か月分程度に設定するのが一つの目安です。上限のない条項にはサインしない、というのが僕が考える最低限のラインです。

監修:山根 一城(株式会社ポテンシャライト 代表)

IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。

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