なぜ今、企業は「顧問」にお金を払うのか
- 中小企業の顧問需要は、DX・採用・海外展開という3つの触媒が同時に動いていることで底上げされている。
- 顧問は正社員採用より低コストで即戦力の知見を確保できるため、PV(検索ボリューム)が小さい市場でも1件あたりの単価は高く成立しやすい。
- 企業が顧問に求めるのは資格ではなく、特定機能を何年やってきたかという経歴の解像度そのものである。
「うちには、DXも採用も海外展開も、専門でやってきた人間が社内に一人もいないんです」
これは僕がここ数年、中小企業の経営者や人事責任者との面談で、判で押したように聞くセリフです。皆さま、もし自分の会社の経営者から急に「来月から東南アジアに拠点を出すから、動いてくれ」と言われたら、何から手をつけますか。あるいは「基幹システムを刷新するから旗振り役をやってくれ」と言われたら。多くの方は、一瞬固まるはずです。それは能力がないからではなく、単純にその経験を積む機会が、これまでのキャリアになかったからです。
ここに、「顧問」という働き方が急速に存在感を増している理由があります。
0. 前提:なぜ今、顧問マーケットが動いているのか
率直に言うと、顧問という働き方自体は昔からありました。ただ、この2〜3年で市場の温度が明らかに変わっています。僕がこの変化を説明するときに使っているのが「3つの触媒」というフレームです。技術・政策・規制のいずれかで、今まさに動いている力学がある市場は、腰を据えて取り組む価値があるという考え方に基づいています。顧問マーケットの場合、この3つの触媒が同時多発的に動いているのが特徴です。
1. 触媒その1:DXという「社内に居ない専門職」問題
経済産業省が「2025年の崖」という言葉で警鐘を鳴らしてから、中小企業のDX投資は着実に進みました。ただし、投資が進んだ企業ほど直面する壁があります。それは「システムは入れたが、使いこなす人材も、次の一手を判断する人材も社内にいない」という壁です。中小企業庁の調査でも、DX推進の課題として最も多く挙げられるのは予算ではなく人材不足です。ここで白羽の矢が立つのが、大企業で情報システム部門やDX推進室を経験してきたシニア人材です。正社員として採用するには年収が高すぎる、あるいはそもそもフルタイムで働く意欲がない。だからこそ、週1〜2日の顧問契約という形が、企業側にも人材側にも都合が良いのです。
2. 触媒その2:採用は「代行」でなく「設計」の時代へ
2つ目の触媒は採用です。人手不足が常態化した今、多くの中小企業が「求人を出しても応募が来ない」という壁にぶつかっています。ここで求められているのは、求人媒体の運用代行ではなく、採用戦略そのものの設計です。「どのポジションを、どの経路で、いくらの予算で採るべきか」を判断できる人材は、事業会社の人事部長クラスの経験が必要で、中小企業が正社員として雇い入れるにはハードルが高い。だからこそ、大企業の人事部長・採用責任者を経験したシニア人材が、週1日の採用顧問として複数社を掛け持ちする働き方が広がっています。実際、僕の周囲でも「人事部長は要らないが、人事部長の頭は借りたい」という相談を年々多く受けるようになりました。
3. 触媒その3:役職定年という「戦力の再配置」
3つ目の触媒は、供給側の変化です。多くの大企業では55歳前後で役職定年を迎え、それまでの権限や裁量を手放す制度が今も広く残っています。厚生労働省の高年齢者雇用状況等報告でも、65歳までの雇用確保措置を講じる企業が9割を超える一方、実際の処遇は現役時代から大きく下がるケースが多いのが実情です。長年、事業部長やマネージャーとして培ってきた経験が、社内では活かしどころを失う。一方で、社外に目を向ければ、その経験をそのまま欲しがっている中小企業が山のようにある。ここに需給のミスマッチが生まれています。役職定年後のキャリアが「社内で燻る」か「社外で顧問として稼働する」かの分岐点は、この事実に本人が気づくかどうかだけだったりします。
4. なぜPVが小さくても、この市場は成立するのか
顧問マーケットは、求職者向けの検索ボリュームで言えば決して大きな市場ではありません。「顧問 転職」「顧問 求人」といったキーワードの検索数は、「転職 30代」のようなビッグワードとは比較になりません。ただ、僕がこの市場を軽視しない理由は単価にあります。顧問契約の報酬は月額数万円から、専門性の高い案件では月額50万円を超えるケースまで幅があります。1件の成約が生み出す価値は、若手のポテンシャル採用とは桁が違うことも珍しくありません。PVが少なくても事業として成立する、という僕の見立てはここに根拠があります。
4-1. 単価が高くなる条件
顧問料が高くなるのは、単に経歴が長いからではありません。「その会社が今まさに困っている機能」に、経歴がピンポイントで刺さっているかどうかです。例えばDXなら「基幹システムの刷新経験」、海外展開なら「特定の国・地域での実際の立ち上げ経験」というように、抽象的な肩書きより具体的な修羅場経験のほうが、企業側の意思決定を動かします。
4-2. よくある失敗:肩書きだけで売り込む
逆に、成約しづらいのが「元・大企業役員」という肩書きだけで自分を語ってしまうケースです。中小企業の経営者が本当に知りたいのは、あなたが何をどう解決してきたかという物語であって、名刺の肩書きではありません。ここを勘違いしたまま顧問マーケットに出ると、書類選考に近い最初の段階で止まってしまいます。
5. 顧問市場を支えるもう一つの構造——マッチング市場の拡大
ここまで3つの触媒を見てきましたが、もう一つ見逃せない動きがあります。顧問・プロ人材を企業に橋渡しするマッチングサービスが、この数年で一気に増えたことです。かつては人脈や口コミが頼りだった顧問契約が、今ではオンラインのプラットフォームを介して成立するケースが珍しくなくなりました。これは、需要側(中小企業)と供給側(シニア人材)をつなぐインフラが整ってきたことを意味します。市場が育つときは、需要・供給・インフラの3点が揃って初めて動き出します。顧問マーケットは、まさに今この3点が同時に揃いつつある局面だと僕は見ています。
5-1. なぜインフラの整備が重要なのか
どれだけ優れた経験を持つ人材がいても、それを必要としている企業と出会う手段がなければ、市場は成立しません。かつての顧問契約は「知り合いの紹介」がほとんどで、機会そのものが限られていました。マッチングサービスの拡大は、この機会の非対称性を緩和する役割を果たしています。結果として、これまで社外に出る発想すらなかった人材にも、顧問という選択肢が現実的なものとして開かれ始めています。
6. 一人称の実感——面談で感じる温度差
僕自身、長年キャリア面談をしてきた中で、ここ1〜2年で明らかに変わったと感じるのが、50代後半のビジネスパーソンから「顧問」という言葉が自然に出てくる頻度です。数年前までは「もう一花咲かせたい」という漠然とした相談が多かったのに対し、最近は「顧問として週2社くらい掛け持ちしたい」という具体的な相談が増えています。これは体感値ですが、市場の認知が確実に広がっているサインだと捉えています。
7. 今日からできること
もしあなたが今、役職定年やキャリアの転換点に差し掛かっているなら、今日やれることは1つです。白紙のメモを1枚用意して、これまでのキャリアの中で「自分が一番、修羅場をくぐった経験」を3つ書き出してみてください。所要時間は15分もあれば十分です。肩書きではなく、具体的に何をどう解決したかを書く。この3つが、そのまま顧問としての「売り物」の原型になります。
(結論)顧問マーケットは、派手な成長市場ではありません。ですが、DX・採用・海外展開という3つの触媒が同時に動いている今、経験という資産を社外に開放する動きは、これから数年、確実に太くなっていきます。本物の即戦力は、思っているよりずっと希少です。皆さんいかがでしたでしょうか。ではまた次の記事でお会いしましょう。今日もがんばりましょう。
よくある質問
Q. 顧問と業務委託は何が違うのですか?
顧問は経営に近い助言・意思決定支援の役割を指す通称で、契約形態としては業務委託(準委任)契約であることがほとんどです。作業の成果物ではなく、助言・稼働時間・関与そのものに対価が支払われる点が、納品物を前提にする一般的な業務委託と異なります。
Q. 顧問になるのに資格は必要ですか?
必須の資格はありません。中小企業診断士や社会保険労務士など専門資格が信頼材料になる場面はありますが、実際に企業が対価を払うのは「その業界・機能を何年やってきたか」という実務経験そのものです。資格の有無より経歴の解像度が重要です。
Q. 何歳まで顧問として働けますか?
年齢の上限は原則ありません。雇用契約ではなく業務委託契約が中心のため定年制度の対象外で、70代・80代で稼働している顧問も珍しくありません。企業側が見ているのは年齢でなく、今その分野で通用する知見があるかどうかです。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。