海外展開顧問の仕事——語学力より大事なもの
- 海外展開顧問に求められるのは語学力より、現地の意思決定構造とリスクを読み解く力である。
- 中小企業の海外展開先は東南アジアが最も多く、現地法人立ち上げの経験がそのまま強みになる。
- 撤退・事業縮小の経験がある人材も、リスク管理の観点から需要が高い。
「英語ができる社員はいるんですが、現地で何が起きているのか、実は誰も理解できていないんです」
これは、ベトナムに工場進出を検討していたある製造業の経営者から聞いた言葉です。皆さま、もし自社が海外に拠点を出すとして、一番不安なのは何語で交渉するかでしょうか。それとも、現地の商習慣や規制が分からないことでしょうか。多くの経営者が本当に恐れているのは、後者です。
0. 前提:海外展開の壁は「言葉」より「構造」
率直に言うと、通訳を雇えば言語の壁自体は解決できます。中小企業が本当に困っているのは、現地の法制度、商習慣、意思決定の力学が読めないことです。誰と契約すればいいのか、どの許認可が必要なのか、現地パートナーの提案は本当に信頼できるのか。ここの判断を誤ると、事業そのものが立ち行かなくなります。
1. 海外展開顧問の本質的な役割
海外展開顧問の本質は、現地での「意思決定の解像度」を上げることです。日本本社の経営者は、現地の細かい事情までは把握できません。顧問は、実際に現地法人の立ち上げや運営を経験した実感をもとに、「この提案は現地では一般的なのか、それとも怪しいのか」を判断する役割を担います。
2. なぜ語学力より経験が重視されるのか
誤解がないように申し上げると、語学力がゼロで良いわけではありません。ただ、企業が本当にお金を払っているのは、語学力そのものではなく「現地で修羅場をくぐった経験」です。通訳を介してでも、正しい判断ができる人材のほうが、流暢な語学力だけでリスクを見抜けない人材より、はるかに価値があります。
2-1. 現地パートナー選びの落とし穴
海外展開でよくある失敗が、現地の代理店やパートナーの言い分を鵜呑みにしてしまうケースです。現地の商習慣に詳しくない日本企業は、相手の提示する条件が業界標準なのかどうかを判断できません。ここに、現地経験を持つ顧問が介在する価値があります。
2-2. 撤退経験も強みになる
意外に思われるかもしれませんが、海外事業の撤退や縮小を経験した人材も高く評価されます。うまくいった話だけでなく、「なぜ失敗したのか」を語れる人材のほうが、これから進出する企業にとってはリアリティのある助言者になります。
3. 中小企業の海外展開先の傾向
体感値になりますが、僕が見てきた中小企業の海外展開の相談で最も多いのは東南アジア(ベトナム・タイ・インドネシアなど)で、次いで中国、インドという順番です。人件費の安さだけでなく、市場としての成長性を見込んで進出を検討する企業が増えている印象があります。ジェトロ(日本貿易振興機構)の調査でも、中小企業の海外進出先としてASEAN地域への関心の高さが継続的に示されています。
4. 海外展開顧問に向いている経歴
最も適性が高いのは、商社や製造業で現地法人の立ち上げ・運営を実際に経験した人です。駐在員としての実務経験はもちろん、撤退プロジェクトに関わった経験も、リスク管理の観点から強力な武器になります。特定の国・地域に閉じた経験でも十分で、むしろ1つの国での深い経験のほうが、複数国での浅い経験より企業からは信頼されやすい傾向があります。
5. リスク管理という視点——撤退基準を最初に決めておく
海外展開顧問のもう一つの重要な役割が、撤退基準をあらかじめ設計しておくことです。多くの中小企業は「進出すること」に意識が向きすぎて、「うまくいかなかった場合にどこで見切るか」を決めないまま事業を始めてしまいます。僕が見てきた失敗事例の多くは、撤退の意思決定が遅れたことで損失が膨らんだケースでした。経験豊富な海外展開顧問は、進出計画と同時に「この指標がこの水準を下回ったら撤退を検討する」という基準を、感情論を排して事前に提示します。
5-1. 現地スタッフとの関係構築も顧問の仕事
もう一つ見落とされがちなのが、現地スタッフとの関係構築です。日本本社の意向を一方的に押し付けるのではなく、現地の労働慣行や価値観を尊重しながら組織を作れるかどうかが、進出の成否を左右します。この橋渡し役も、海外展開顧問に求められる重要な機能の一つです。
6. 規制対応という見えにくいリスク
海外展開で見落とされがちなのが、現地の労務規制・税制・輸出入規制です。日本の常識をそのまま持ち込むと、思わぬところで法令違反になるケースがあります。例えば、現地の労働法で定められた解雇手続きを知らずに従業員を解雇し、後から多額の補償を求められるといったトラブルは実際に起きています。海外展開顧問には、専門の弁護士や会計士と適切に連携し、規制リスクを事前に洗い出す役割も求められます。
6-1. 専門家との連携をコーディネートする力
顧問自身がすべての法律・税務の専門知識を持つ必要はありません。むしろ重要なのは、どの局面でどの専門家に相談すべきかを見極め、適切なタイミングでコーディネートできる力です。この判断ができるかどうかが、現地経験の深さを測る一つの指標になります。
7. なぜ「1つの国の深い経験」が評価されるのか
複数国に浅く関わった経験より、1つの国で腰を据えて事業を運営した経験のほうが、企業からの信頼は厚くなる傾向があります。これは、表面的な知識より、その国特有の商習慣やリスクを肌感覚で理解しているかどうかが問われるためです。中小企業の経営者にとって、初めての海外展開は一度きりの大きな賭けです。だからこそ、浅く広い知識より、深く狭い実体験のほうが安心材料になります。
8. 為替リスクという経営者が見落としがちな論点
海外展開では、現地通貨と円の為替変動が事業計画に大きな影響を与えます。中小企業の経営者の中には、進出計画を立てる際に為替リスクを十分に織り込んでいないケースも見受けられます。海外展開顧問には、専門の金融アドバイザーと連携しながら、為替変動を見込んだシナリオを複数用意し、経営者が現実的な判断をできるよう支援する役割も期待されます。
8-1. シナリオを複数用意する意味
楽観シナリオだけを描いてしまう経営者は少なくありません。円安・円高それぞれのケースでの採算ラインを事前に試算しておくことで、実際に為替が動いたときに慌てず対応できます。この地道な備えが、進出後の経営の安定に直結します。
8-2. 経営者の不安を数値で解消する
感覚的な不安を放置せず、具体的な数字に落とし込んで示すことは、海外展開顧問が経営者から信頼を得る上で欠かせない技術です。不確実性の高いテーマだからこそ、数字による裏付けが安心材料になります。
9. 今日からできること
白紙のメモを1枚用意して、自分が海外事業で「一番判断に迷った瞬間」を1つ書き出してみてください。所要時間は15分ほどです。その判断の中身こそが、これから海外展開を検討する中小企業の経営者が、あなたに聞きたい話そのものです。書き出す際は、当時の状況・選択肢・最終的な判断・その結果という4点セットで整理すると、初回面談でそのまま語れるエピソードになります。判断に迷った経験は、成功談よりもはるかに聞き手の記憶に残ります。迷いの中でどう考え、何を基準に決めたのか。その思考プロセスこそが、顧問として提供できる最大の価値だからです。
(結論)海外展開顧問に求められているのは、流暢な語学力ではなく、現地の構造を読み解く経験です。そしてその経験は、成功体験だけでなく、迷いや失敗も含めた等身大の物語として語られたとき、初めて中小企業の経営者の心を動かします。海外に挑もうとする企業にとって、先に同じ道を歩いた人の実感ほど心強い羅針盤はありません。本物の経験は、失敗も含めて語れるかどうかで真贋が分かれます。皆さんいかがでしたでしょうか。ではまた次の記事でお会いしましょう。今日もがんばりましょう。
よくある質問
Q. 海外展開顧問に語学力は必要ないのですか?
最低限のビジネス英語は必要ですが、ネイティブ級の語学力は必須ではありません。通訳を介してでも、現地の商習慣・意思決定構造・規制対応を理解し、正しい判断ができることのほうが企業からは重視されます。
Q. どの国・地域の経験が顧問として需要がありますか?
中小企業の海外展開先として引き合いが多いのは東南アジア(ベトナム・タイ・インドネシアなど)で、次いで中国・インドです。現地法人の立ち上げや駐在経験がある国であれば、その経験そのものが顧問としての強みになります。
Q. 海外展開顧問はどんな経歴の人に向いていますか?
商社や製造業で海外現地法人の立ち上げ・運営を実際に経験した人が最も適性が高いです。駐在経験に加えて、撤退や事業縮小の経験がある人も、リスク管理の観点から重宝されます。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。